7月5日:僕の記念日

7月5日というのは、7月4日独立記念日の次の日で、ただの普通な日なのであるが、僕にとっては特別な日である。妻にも娘にも、自分勝手で申し訳ないが、僕にとっては、7月5日が、1年の内で1番忘れられない日である。9年前の今日(1998年7月5日)、僕はロサンゼルス・国際空港(通称LAX)に降り立った。アメリカ本土2度目の上陸。その前はマイアミの友人を訪ねて。その前のアメリカ経験は、当時勤めていた会社の社員旅行でハワイ。当時の僕は、おもいっきり、アメリカ・ビギナーだった。英語もダメダメだった。今でもそうだが。

今日の朝、眠りから覚めると、あの日、あの時の感触が蘇って来た。なま暖かい空気。入国審査はパスしたが、これからどうなるのだろうかという不安。迎えに来てくれるはずの人がまだ来てくれていない。公衆電話の使い方が分らない自分。ついでに電話をかけるための小銭すら持っていない自分。やっとの思いでこれからお世話になる会社に電話したが、朝早すぎて、留守番電話状態。不安な状態で待つ事30分?1時間?どれくらい待ったのだろう?お迎えの方が来てくれた。とりあえず助かった!その次の不安は、お世話になる会社で、アパートを契約しておいてくれるとの話だったのだが、本当に寝るところはあるんだろうか?これから、ロサンゼルス、新しい文化、新しい言語、新しい会社、新しい仲間と、うまくやっていけるのだろうかという不安。不安だらけだった。まず、お世話になる会社で働いていいる方たちに挨拶。その後は、会社の人のヘルプを頼りに、日曜品を買ったり、レンタカーを借りたり、中古のベット・電話機などをアパートに届けてもらったり、電気会社、ガス会社、電話会社などと契約を済ませたり。

9年前の今日、あの生暖かい空気の中、不安な気持ちでいた自分が、よくも9年もアメリカでの生活を続けて来たもんだと思う。あの生暖かい空気が懐かしい。

あの日、空港に迎えに来て下さったMさん、契約などを手伝って下さった人事担当の方、本当にどうもありがとうございました。

その他多くの方(日本で、アメリカで)の助けが無かったら、今の自分はありません。本当にどうもありがとうございます。

9年間の内、6年間、一緒にがんばってきた妻、どうもありがとう。いつも、笑顔の家の娘、どうもありがとう。これからも、よろしくお願いします。

追記: 当時を振り返ると、真っ先に、生暖かい空気、次に不安な自分を思い出すのである。しかし、よくよく思い出すと、これから展開して行く未来に期待・興奮している自分がいた事も思いだす。そんな自分が居なかったら、アメリカには来ていない。ポジティブな自分の方が、ネガティブな自分より強かったのである。今でもそうであると思う。

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