新天地 – シリコンバレー (2007年9月29日)

新天地の名はシリコンバレー(Silicon Valley)。10年程前にStartupを読んで以来憧れ続けたシリコンバレーです。アメリカに来てから9年、やっと実現しました。ながーーーい遠回りだったなー。現地時間の夜7時30分にSan Jose空港に降立った。ちょっと肌寒いくらい。思い描いていたのよりは寒かった。初めてロサンゼルスの地を踏んだときは生暖かい風が吹いていたのに。とりあえず、一ヶ月間San Joseにある家具付きアパートに住みこの地を開拓していきます。新しい職場はSanta Claraにあり、10月1日から働き始めます。人生の新しいチャプターを楽しむぞ!

これからよろしくお願いします。

Good Bye – Boston (2007年9月29日)

2007年9月29日、ボストン・ローガンエアポートから、8年間住んだニューイングランド(ボストン)を後にした。最後に行ったレストランは空港にあるリーガル・シーフード。8年前にインタビューの為にニューイングランドを始めて訪れた際に、当地に長期主張中の友人とリーガル・シーフードで食事をした事を思い出す。ニューイングランドに移住してきたのは1999年の9月上旬、Laber Dayの頃。ちょうど丸々8年住んだ事になる。その間に結婚し、子供ができ、家は4回引っ越した。3つの会社で働いた。多くの人と出会い、別れた。8年は結構長く、多くの思い出が残る。良い思いでも、悪い思いでも。楽しい思いでも、辛い思いでも。さようならボストン。今日までありがとう。

こちらで、お世話になった皆様、どうもありがとうございました。

プラモデル

どこかのブログに、 田宮模型の仕事 (文春文庫)へのリンクが張ってあるのを少し前に発見。田宮の名前から、子供の頃のプラモデル作りを思い出し、そして、どうしても読みたくなり、日本から送って頂いた。本の内容は、田宮模型がどのようにプラモデルを世に送り出してきたのか、プラモデル開発の歴史本です。子供の頃プラモデル作りにはまった人はこの本にもはまれるのでは?

プラモデルに関する、僕の一番の思いでは、組み立て式ラジコン(RC)・カーを組み立てた事。これは小学生高学年の頃の思い出です。ラジコンカーを組み立てるのは小学生の私には結構難しかったと覚えています。毎日2時間くらいかけて、少しづつ作ったように記憶している。早く完成すると楽しみも減るので、ゆっくり作ったというのあります。組み立ての中で一番面白かったのは、エンジン(動力系)部分の組み立て。本当に楽しかった。さらに、ラジコンカーを作り上げた時の満足感・達成感はものすごく大きかった事を覚えている。初めて、自分で組み立てた、ラジコンカーを走らせた時は、”やったぜー!”って感じかな?プラモデルを通して、ものづくりの楽しさを覚えたのだと思う。ちなみに、僕が作ったのは、マイティフロッグ、最近では復刻版も出てるようです。

プラモデル作りの経験が職業を選ぶ際に大きく影響し、ものづくりの出来る仕事として、ソフトウエア・エンジニアの職業を選んだのだと思う。ソフトウエアはプラモデルやラジコンカーと違いハードウエアではないです。しかし、ソースコードを書くことによって、ソフトウエアという”もの”を作ります。プラモデルを作ったり、ラジコンカーを組み立てた経験がなかったら、僕は今違う職業を持っていたのかもしれない。

ちなみに、子供の頃は知らなかったのですが、田宮模型は、地元静岡の企業です。地元発展の為にも今後も子供達に夢を与え、その夢を育むような、プラモデルを提供していって欲しいです。

遠い太鼓 - トップ・ギア

梅田望夫さんの、シリコンバレーからの手紙 - 生きるために「読み」「書くこと」で生きるを読み、どうしても村上春樹さんの遠い太鼓 (講談社文庫)が読みたくなり、日本から本を送って貰った。ありがとうございます。自分には読まなきゃいけない本のプライオリティー・リストがあり、プライオリティは低いのだが、読み始めれば、はまれる事が分っており、プライオリティーの高い本を横に置き、ページをめくり始めてしまった。

”はじめに”の中に梅田さんも引用した段落があるのだが、僕もそこが気になる。人が気になるものは、僕も気になる。影響されやすいというか。その段落を下記に引用します。

四十歳というのは、我々の人生にとってかなり重要な意味を持つ節目なのではなかろうかと、僕は昔から(といっても三十を過ぎてからだけれど)ずっと考えていた。とくに何か実際的な根拠があってそう思ったわけではない。あるいはまた四十を迎えるということが、具体的にどういうことなのか、前もって予測がついていたわけでもない。でも僕はこう思っていた。四十歳というのはひとつの大きな転換点であって、それは何かを取り、何かをあとに置いていくことなのだ、と。そして、その精神的な組み換えが終わってし まったあとでは、好むと好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできない。試してはみたけれどやはり気に入らないので、もう一度以前の状態に復帰します、ということはできない。それは前にしか進まない歯車なのだ。僕は漠然とそう感じていた。

(一段落スキップ)

それは予感のようなものだった。でも三十も半ばを過ぎるころから、その予感は僕の体の中で少しずつ膨らんでいった。だからこそそうなるまえに、――僕の中で精神的な組み換えが行われてしまう前に――、何かひとつ仕事をして残しておきたかった。もうおそらくこの先、こういう種類の小説は書かないだろう(書けないだろう)というようなものを書いておきたかった。歳を取る事はそれほど怖くはなかった。歳を取ることは僕の責任ではない。誰だって歳は取る。そのは仕方のないことだ。僕が怖かったのは、あるひとつの時期に達成されるべき何かが達成されないままに終わってしまうことだった。それは仕方のないことではない。(ページ15-16)

上記の段落から思いをはせた事:
今、35歳。40歳まで、4年強。あまり沢山の時間があるようには感じられない。僕は村上春樹のように旅に出る必要はない。僕は既に旅の中なのだから。(9年前よりアメリカ在住、アメリカ生活を旅のように感じている。)今、僕がしなければいけない事は、人生のギアをトップに入れる事だと思う。ギアをトップに入れるという事は僕にとって、日々、何を、どのよう生きる事なのだろう?今思いつく事は、無駄を削り、やりたい事を一生懸命やる事だと思う。これ以上の具体的イメージは今のところ沸かない。

無駄を削るというのは、”なんとなく一日が終わってしまった”と感ずる日をなくす事、”この一時間無駄だったな”と感ずる時間をなくす事。やりたい事は、なにか具体的な物が沸いてきたら、また書きます。もし、今日から40歳になる日まで、やりたい事を一生懸命やれたならば、その後、後悔する事は無いと思う。

(*)村上春樹は、37歳から旅にでて40歳まで旅を続けた。その間に、「ノルウェイの森」、「ダンス・ダンス・ダンス」を書き上げている。

モバイル世代?

田口元の「ひとりで作るネットサービス」探訪は僕が好きな記事の一つなのですが、最近の記事を読んで思った事。

最新の記事
【番外編】カップルで作るネットサービス──うわさメーカー
独学で学びAPI作成プログラマーへ──KOSHIAN・船木さん

最近、インタビューされている方達みな、20代前半です。自分より一回り若いです。ちなみに自分はPC世代、多分、彼ら・彼女らは、ネット世代を通りこして、モバイル世代。

自分の話:中学生の頃、親にNECのPC68を買ってもらったのだが、Basicのプログラムを数回して飽きてしまい、その後、少しゲームをして、後は誇りをかぶっていた。大学生4年生の時、卒論を書く為にPCを買った。目的は一太郎を使う為。ネットには繋がっていなかった。ちょうどワープロからPCへ時代が変わる頃でした。94年に社会に出て、やっとネットワークに接続できる環境になる、その頃、ネットスケープがアメリカからやってきて、インターネット時代が始まる。インターネットは会社のLANの延長。ウエブサイトは、Lotusノーツサーバー見たいな物くらいの感覚しかなかった。インターネットにアクセスする環境が会社にあったのだが、C言語のポインターや構造体を理解する事に忙しく、その時全くHTMLには興味が沸かなかった。目の前にあるPCを理解するので精一杯。これが自分の20代前半。

インタビューに出てくる彼ら・彼女は、携帯電話から、HTML書いてました。PCからHTMLが書けるなんて知らなかった。初めてネットにアクセスした時から、ブロードバンドでした。そして、20代前半から(学生時代から)、志が高い。彼ら・彼女らにとっては、インターネットは当たり前にある環境である。自分とは全く違う20代前半である。

自分が若い頃(10年以上前)、5年から10年位の先輩達が、若者と競争するのは大変だと嘆いていた。自分もモバイル世代、その次の世代と、その次の次の世代と、IT業界の中で競争していくのは大変だと感じる。ソリューションとしては、自分にしか出来ない何かを持つ事だと思う。もうひとがんばりでは足りなくて、もうふたがんばりくらいしないと。

Google Japan 村上社長の講演

Google Japan 村上社長の講演

Road to CEO – Google 村上憲郎 [seminar] <- 元ネタ

でぃべろっぱーず・さいどのブロガーの方は下記の2点が興味を引いたそうです。僕の興味も引きました。

– 違う分野に入り込んだ時に身につけるスピード感

日立電子時代,それぞれの専門分野に話を聞きに行き,それを仕様書にまとめなければいけなかった.

内容を理解する為に,その日の帰りに本屋でその分野に関する「一番薄い本」を探し,一晩で読んでなんとか内容を理解していた

その時身についた技術は,
(1) 薄い本を見つける技術
(2) 速読
(3) 分からないものはそのままにしといて,分かったところだけを繋ぎ合わせてでっちあげる技術

実はこれで大体は外れない.
「つまりこういことに違いない」と大胆不敵に思い込むこと.

自分も薄い本は見つけられる、でも内容も薄い気がして、厚い本選んじゃうんですよねー。
次に200ページくらいの薄い本だったら、自分が知らない内容であっても、5時間位(一晩)で読めるようになりたい。今現在、自分が全く知らない分野で、文字がぎっしり詰まっている本だと、一時間当たり10ページしか進まない。技術本で内容をしっかり追っていると、もっとかかる時も多々ある。それでは20時間かかってしまう。速度を4倍に上げなければいけないのだけど、それには英語力の向上も必要だし、特に語彙数、色々な分野の知識をあらかじめもって、本をスムーズに読めるようにしなければいけない。情報があふれかえっている世の中、速読技術は僕には必要です。
最後に、でっちあげて、人に説明できるだけの理解力・説明力も向上させたい。最近つくづく思うのだが、人に説明できなければ、知らないのとほとんど同じ。

– 英語について

ひたすら英語をやりなさい.

英語「を」勉強したらだめ.
英語「で」勉強しなさい.

大学に入る前の若い人には「これからは英語ができないと何もできない」といつも話している.

英語は普段からもっとやらなければと感じているのですが、”英語「で」勉強しなさい.”で思ったのだが、今日まで、何度”英語でブログを書こう”と思って、挫折した事か、、、。自分が話したい英語・聞きたい英語、書きたい英語、読みたい英語。ちょっと分野を絞って、がんばっていこうと思う。

日本語から英語への翻訳 (by Google Translate)

アメリカ人の知り合いが、僕のブログをGoogle Translateで日本語から英語に翻訳して読んだそうだ。全く変な英語に翻訳されてておかしかったと言っていた。試しに自分でも自分のブログをGoogle Translateで翻訳してみた、変な英語になってて意味不明。

試しにあなたの日本語ブログを翻訳してみて下さい。

Creative (クリエイティブ) – Play(遊べ)

Technometria: The Myths of Innovation

今日も車の中でIT Conversationsを聞いた。今日聞いたのはScot Berkunのインタビュー。この人は以前のエントリーで取り上げた:Asshole driven developmentを書いた人、Ignite Bostonでは飲みながらスピーチしていた人。

このインタビューの中で、どうやったらCreative(クリエイティブ)な物(事)を生み出せるのかという議論になった。「今の世の中SandBox(砂場:実験場)は皆持っているだから(この場合はパソコンとインターネットを指していると思う)、後はPlay(遊ぶ:実験)すればいいんだよ。Goal(目標)なんて決める必要はない。ただPlayすればいいんだよ。そうすればクリエイティブな物が生み出されるよ。」って言ってた。

全くその通りだよね。やる前から諦めちゃってちゃ、何も始まらないよね。忙しいからって何もしなかったら、何も生まれないよね。童心に返って、砂場でお城作ったり、川作ったりしたあの時に戻って、何か実験してみよう。